水仙の写真いっぱい駆け足旅

2008年のウィーン学友協会黄金の間大ホールでのコーラスの演奏旅行でヨーロッパが大好きに! 駆け足の旅中心に綴ります

写真を「撮る」ことが好き^o^
主にスマホで、時々ミラーレスで
旅行では動くバスの窓から撮るのが腕の見せ所(笑)。
四角の枠に自分なりに考えて構えるのが楽しみ
思い出の昔の写真から日々の写真までアップしています

コーラスの話

母の骨折で病院通いをしていた6月以降だったが、手術等と日がずれたので、予定通り2年越しの女声の演奏会、難曲揃いの混声の定演ともに舞台に乗る事ができた。こうして記録しておく事は大事かもしれない。


〇女声の演奏会
6月11日 紀尾井ホールにて。
コロナで゛2年延びた間には練習に参加できず辞めて行った人もあり、大切なヴォイトレで秀幸先生の奥様の佐竹由美先生が亡くなったり、変化も大きかった。くりの実会は元々幼稚園のママさんが集まって始まった合唱団で、リッチなマダム(笑)達が多く規約なども時にないまま文句もなく来ていた。コロナという不足の時期にどうしていくのかあやふやで、会費の事、会場の事など少しもめた人達もいるらしい。残念だが、親しい仲間も辞めてしまった。人数も減った中で、過去に歌った事のある曲がメイン。今回は暗譜ではなく楽譜ありで歌うことになり、個人的には問題なく楽しんで歌うことができた。

いいホールだ

指揮:辻秀幸
ピアノ:加納文子
曲:信長貴富:赤い鳥小鳥,
    池辺晋一郎:三つの不思議な仕事,
    辻󠄀田幸德:風になれたら


〇混声の定演
いつも女性と混声の演奏会は近いので大変。どちらか秋にしてくれたら好いのだけど^^;
リハ風景

こちらは難解な曲だったけれど、まあ何とか…楽譜があるから(笑)
どちらにもSNSの皆さんが沢山来て下さり、本当に有難い。毎年来て下さる方も増えて、変化を見ていただけるのもまた嬉しいことだ。


1st. Stage
混声合唱とピアノのための「良寛相聞」[良寛・貞心尼 作詩/千原英喜 作曲]
2nd. Stage
合唱のためのコンポジション第10番「オンゴー・オーニ」[間宮芳生 作曲]
3rd. Stage
Mátrai Képek(マートラの風景)[Kodály Zoltán 作曲]
4th. Stage
Song Circle “Japonism and Jazz”[森田花央里 編曲]


第一生命ホールにて
指揮:中村拓紀
ピアノ:村田智佳子:川井敬子:森田花央里(客演)

同じ高音でも女声では出せるのに混声では出ないのは何故だろう…やはり入団時に今迄30年間sop1(ソプラノの高い音域)で歌ってきて指揮者もそれでいいというところ、sopのパートリーダーから「団として好い声が欲しいからsop2に行って下さい」と言われたことが影響しているんだろうなぁ…「あなたはダメな声です」と言われたのも同じだった。そして人生初めて楽譜の1番上から2番目の旋律を追うのは目が慣れなくて随分大変だった。確かに綺麗な声でもないし楽々上の声が出る訳でもないが、それなりに女声や大気の混声では頼られていたので、自信が壊れた瞬間だった。でも、今では随分慣れてきたと思う。この中には音大の学生やピアニスト、セミプロでオペラにも出ている人達もいる。そんな中でただのオバサンの私、偉いじゃん(笑)
来年はマスクを外して歌えるだろうか…本当にコロナがこんなに長く生活に響くとは思っても見なかった。


〇お母さんコンクール
2年ぶりのコンクール…「風になれたら」から2曲。まだ仕上がっていない状態での本番だった。皆、過去の自分のイメージをなかなか捨てられない。2年もブランクがあって、しかも2つ歳を取っている意識が持てない…今年は賞にかすりもしなかった😿

今年は10月に初めて、シルバーのコンクールに出る事になった。平均年齢?60歳以上なら出場できるらしい。私達もとうとうそういう年になった…だよね、60代半ばの私でも若手なんだから(笑)


〇全日本合唱コンクール、東京大会

混声は毎年コンクールにトライするが、去年コロナで出なかったので1年空いた。課題曲はドイツ語の「Es ist verraten」(シューマン)、自由曲は「生命の歌」(新実徳英)。私は暗譜が苦手なので、もう何百回歌っただろうという位歌った。それでも金賞を取って全国に出るにはよほどの訓練が要る。私達はそこ迄歌い込んでいないし、プロのトラを雇う技も使っていない、こんなものだろうの銀賞。各賞2~3団体が受け、全体では4位だった。私の生まれた頃にできた団体で、昔は金賞常連団だったらしい。この頃は金と銅の間を行ったり来たりしている^^;

余りに歌ったのでもう聞くのもうんざりだが、演奏会が終わった後の1週間程はふと思うと頭の中で旋律が巡ってうるさい位の状態が続く。今回はいつもより同じ歌を歌い続けていたので、その期間も長かった(-_-)。他の人はどうなんだろう(笑) この頃、混声の難曲について行けずに「歌っても楽しくない」ことに悩んでいたが、終わって良かった。こうして書いてみると、コーラスも色々立て続けにステージがあったのだな…よく頑張りました♫
今年から秀幸先生が都の合唱連盟の理事になられたので、恥ずかしくないような演奏をして行きたいものだ。

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