水仙の風景いっぱい駆け足旅

2008年のウィーン学友協会ホールでのコーラスの演奏旅行で、ヨーロッパが大好きに! 駆け足の旅ですが「撮る」ことを楽しんでいます

写真を「撮る」ことが好きです^o^
今はiフォンが主で、上手ではなくても四角の枠に自分なりに考えて撮ってます。思い出の昔の写真から楽しみながらアップしていきたいと思います

東北震災復興コンサートin京都 3月6日の観光

最後のバンは親戚の家でゆっくり眠らせてもらった。
昔から「お姉ちゃん」と呼んでいるほど親しいものだから結構辛辣。「こんな大きなショーツ履いてるの?ありえない!」など平気で言われてる(笑)。太って演奏会のスカートが入らないと言っていたら「あんなに言うからどんなに太ったんだろうと見てたけど、お腹が前にポッコリ出ているのは前からだと目立たないから横には大して太って見えなかったよ」とのこと。うーん、これはどうなんだろう(笑)。確かに入退場の時は横が見えるので、必至でお腹をへこませていたけど^^;。


ご飯を食べたら一緒に片付けをして使った布団を干し、伏見稲荷と大黒寺へ出かける。勿論お姉ちゃんが運転する車で。母と8つしか違わないのに、本当に大したものだと思う。去年叔父ちゃんが亡くなるまで、近くの小学校で音楽の教師をしている娘の家の掃除・片付けと孫の世話をずっとしてきているのもすごいと思う。やっと1年ちょっとで落ち着いてきたけれど、あれを機に娘の世話はやめたとのこと。何もする気が無くなったらしい。
やはり歩いたり人の世話をしたり、当たり前だが自力で過ごしていくことが大事なんだろうなぁ。


さて、昨日とは打って変わって暖かく晴れ渡った日になった。
山科川に沿って走る。シートベルトをしたままで撮り方が悪いけれど、水の色は深く、青い。

最初に大黒寺へ。空海が建てた真言宗の寺だが、丹波橋の住宅地の中にあって思った以上にちっちゃい目立たないところだった(笑)。

寺田屋事件で亡くなった殉難九烈士の墓と西郷隆盛が立てた墓碑なども有名らしいが、そこまでは見に行かなかった。
手水の後ろで立派な不道明が見守っている

金運の水が湧いていると言うので、私も飲んできた。ちょっとはご利益あるかしらん(笑)

元々の歴史は古いけれど、この頃話題を呼んで新しく造られたんだなぁという雰囲気のお地蔵さんだ(笑)

大黒さん像。このアンバランスなサイズは何か微笑ましい。
後ろが本堂で、お参りの人は絶えないようだった。

丹波橋には叔父ちゃんが京都地裁にいた時の官舎があって、私もよく行った。両親からお金は絶対に借りてはならないがお風呂や食事は可、と言われていたので(笑)、よく遊びに行っていた。洗濯の仕方とか、お料理の基礎など生活に関わることも親代わりのようにして色々教わったのは懐かしい限りだ。
ここからは伏見稲荷まで直ぐ。お山に向かって結構緩やかな坂道が続いているのを再発見。お稲荷さんへはJRと京阪の稲荷駅があるが、京都からも大阪からも京阪の方が人が多いかな。昔は宅急便などなかったから、チッキと呼んでいたJRの切符で福岡から藤森ひ近くの駅まで荷物を送ってもらえた。丈夫で大きさの幅が大きくて便利なので、私はふる~い柳行李を使っていた(笑)昔のことが色々思い出され、ずっと二人で話していた。

神社の駐車場もこんでいなくてラッキー。すぐに参道だ。ゆったりお山を周れるといいが少なくとも2時間以上はかかる。今日は千本鳥居をくぐって奥社奉拝諸迄で戻る。

先ずは表参道から鳥居を2つくぐり、楼門を入る

入ってすぐ振り返るとこんな感じ

いつ見てもお稲荷さんは立派だ、この朱色のインパクトは強い。

大学時代の定期演奏会には叔父ちゃんからこの一升樽を戴き、へへん!と思ったものだ

外拝殿を横にして本殿にお参りする。浴衣のような着物を着た外人がとても多い。

これは比較的新しいお狐さんだと思うが、稲穂を加えているのは余り見ない。

神楽殿 周りが余りに朱色で派手なので、ちょっと落ち着く雰囲気かも。それでも金の飾りはピカピカしている(笑)

山口誓子の句碑 母が俳句をしていたし好きな俳人なので目に留まった

昔からいつも、横に幾つも鈴があるのは不思議だったが、意味はよく知らない

幾つかの小さなお社が並んでいるのだが…

暖かい日差しの中で、不届きもののにゃんこたちがぐうぐうと寝ていた。こんな恰好でよく眠れるものだ(^_^;)

また鳥居をくぐって進む ここのお狐さんは古くからの見慣れたものだ

上がると木製のお狐さんがいる。社の天井の絵は板に胡粉を塗った上に描かれていて、なかなか見応えがある。

玉山稲荷社

千本鳥居に入る所の左にいるお狐さん こけむして古ーい。顔も犬っぽい

白い神馬がいるお社

このお狐さんも昔からある。耳がとんがっていないので、これもどっちかというと犬っぽい感じがする。ここの右から雑木林を抜ける横道があり、神社の社宅がある。もう一家族親戚がいて、叔父さんが伏見さんの権宮司をしていた頃はここの社宅にいたので、ここにもよく遊びに行った。とても歴史に詳しくて沢山古い本があるので楽しみだった。

いよいよ千本鳥居の入口。最初の所は太い鳥居が続く

途中にも稲荷の文字がある

昔は一方通行のこんな垂れ幕はなかった。多分、余りに海外からの観光客が増えて人があふれちまうからだろう。でもこの幕は興ざめだ。

ここからちょっと小ぶりの鳥居が2又に別れて続く。やはり外人さんがとても多い

朱色の鳥居がこんなにぎゅうぎゅうにあると、日の光りが入って更に幻想的。やはり人気がある所以だ。

奥の杜奉拝所には小さな鳥居がいっぱい奉納されている。

重軽石というのがあって、お願い事を心で唱えながら石を持って軽く感じたら願いが叶い、重く感じたらなかなか叶わないと言われている。

人気らしく長蛇の列が続いていた
帰りは右の鳥居。こんな規制があるとなんだかな~だけど、ごったがえしたり、喧嘩になったりするのも困るしね^^;。

横から見ても、日の光りで朱色が透明にも見えてすごい。

戻らず進むと鷹取さんを通ってお山めぐりの方に向かう。
主人の母はとても信心深い人で熊鷹さんのどこかのお神さんの信仰をしていて、主人も小さい頃から良く連れてこられたらしい。
この中に沢山の小さなお社があって、それぞれ違うお稲荷さんが祭られている。慣れていないとどこがどこだか(笑)分らないくらいだ。

今日はそのまま、お山を巡って戻ってくる道にでる

このお狐さんは鍵をくわえている。これもあまり見ない

裏の方も小川に沿って整えられて綺麗になっていたのでびっくりした。やはり観光客の数が尋常ではないんだろうな。

このお狐さんが一番古いものだそうだ。狛犬っぽいかんじ。確かに年期が入っている。

丁度伏見さんでも特別拝観として御茶屋が公開になっていたので入ってみる。
江戸以前の建物や設え、皇室の建物の移築や時代ものの襖絵などを集めた、落ち着いた来賓用の建物、庭と一体化しているお茶室等がある。

屋根の瓦で年代が解り、3時代の物が一度に見られるのは珍しい

ガラスはどれも大正ガラス以前の少し歪んで見えるタイプの板ガラスの窓だ

家の中から庭を見るといい具合になるよう茶室が対面の建物と同じ高さになっている

大きな岩にこけが綺麗に生えていた。私もこけを育てようかなぁ~

このひさし部分は、丸木の間に竹が使われているところまでそのまま移築されているかなり古いタイプで、上の屋根部分が茅吹になっている。

板戸の内側も国宝などの絵が描かれている

美しい屋根だ

こうして久々の伏見さんを堪能した。60年近くは経っているだろう昔ながらの「食堂」できつねうどんを食べて帰路へ。

途中の道に「名神高速道」の起工の地という場所をみつけた 

下宿の最寄駅だった藤森。町屋が残っている街だ。

帰りは黄檗迄送ってもらい、京都駅では定番のお漬物と伊勢の名物「赤福」を買って新幹線に乗る。あー、良く考えたら中味の写真を撮るべきだった(笑)。

す~ごくギュ~ッと詰まった旅行だったなぁ~

お疲れ様でした。

たった3泊の旅行で演奏会と観光と友達と親戚の家…何だか昔を思い出しながらほんとに皆にお世話になった。ありがとうございました。
帰ればればコーラスはもうコンクールに向かって動き出す。皆と美味しいものを食べてしまったが、今度はスカートで歌以外に気を遣わなくていいようにしなくては(笑)。


そして山ほどのつたない写真と駄文を読んでいただきありがとうございました。合掌。






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