水仙の写真いっぱい駆け足旅

2008年のウィーン学友協会黄金の間大ホールでのコーラスの演奏旅行でヨーロッパが大好きに! 駆け足の旅中心に綴ります

写真を「撮る」ことが好き^o^
主にスマホで、時々ミラーレスで
旅行では動くバスの窓から撮るのが腕の見せ所(笑)。
四角の枠に自分なりに考えて構えるのが楽しみ
思い出の昔の写真から日々の写真までアップしています

父の三回忌と鹿児島墓参り2日目

1つ目の目標の栗野のお墓詣りを終えて先ずはほっとした。
翌日はまず霧島神宮にお参りした。霧島神社には父が認知症になってからも一度連れて行った。あの時はまだ母が父を介護していたのだけど…牧場で牛や馬・羊などと遊んで、美味しいアイスを食べて乳製品を買って楽しむ。結構大人が嬉しがっていたかも(笑)。


霧島界隈の景色は独特だ。

男神の垂直に切られた千木、荒々しい自然の中にある霧島神社らしい気がする。

九州豪雨で、木の根が苔もろとも洗われたようになっていたのにはびっくりした

牧場では久々にひまわり畑を見た。広々とした風景はやはりほっとする

牛と

馬と(砂に体をすりすりしているところ)

羊たち

小雨が降ってきたので電車で雨宿り(笑)

初めて見た「ラムネパン」。水色のあんこなんてどんな味かなと思ったけど、しっかりラムネでした(笑)

そして桜島と錦江湾が見える海沿いを走って鹿児島市内へ向かう。

桜島は灰も降るし雲も多いので全体が綺麗に見えることは珍しい。私たちはラッキー!!

叔父たちに会うのは久しぶり、やはり皆歳をとって行く。もう10年数年以上ぶりで私の従兄弟たちとも会えた。
神徒のお盆は割とあっさりしている

婿と嫁が初めてなので古文書を広げて池田家の歴史からレクチャーがある(笑)

叔父の家は、栗野の屋敷を解体する時に大正時代の建築の酔を極めた建材や江戸時代からの設えの一部をつかっているので、色々と歴史を感じて見応えはあるものだ。このほら貝はちゃんと音が出る。

母はすぐ忘れるので、写真は証拠(笑)としても貴重。何時の日かこれを語る時があるのかもしれない。

2日目は市内の吹上荘に泊まる。もう桜島の上は雲がかかっている

夜は母の母方の従姉妹夫婦が来てくれる。亡くなった叔父と叔母は医者だったのだが、私財をなげうって精神薄弱児と肢体不自由児の施設を造り、かなり世間に貢献した人たちだ。薩摩藩は武家同志身内での婚姻も多くハンデを持つ人もある一方、施設がなくて困っている人が多かったと聞くので、助かっている人は多いと思う。

思ったより豪勢な料理でびっくりだった。海の幸はやっぱり刺身だねー(笑)

ここでも母の為に? 記念写真をパチリ。

母の従姉妹から温室みかん、焼酎の伊佐美、かるかんと春駒などたくさんのお土産をいただいた。「春駒」はマイナーだが鹿児島の昔からあるお菓子で、私が好きなのを知ってわざわざ持ってきてくれた。婿は特に明石屋のかるかんに感動していたのがおかしかった(笑)。これも普通の店では売っていませんからねー^^;。
せっかくなのでしっかり温泉にも入ってさっぱり

城山の近くの森が綺麗だ。昔父は旧制七高に通っていた。寮はこの近くだったんだと思う。

3日目の朝は小雨模様。夜中に相当降ったようだ。
帰りは一番早いルートでまた栗野岳の方から高速へむかうことにする。

川内川も1日目とは打って変わって水かさが増えている。

昨日行けなかった栗野岳温泉の南洲館から地獄めぐりをするも、前日の雨で小道に温泉のお湯があふれて熱くて途中までしか見られなかったのがとても残念。後から大口の曾木の滝を見に行けばよかったと後悔する。もう家族皆で来ることもないだろうと思うと、何だか欲深に(笑)なるものだ。

明治時代からの湯治宿の名残がある。昔は何か月もの湯治客が多かったらしい。
今は小奇麗にして今時の観光客向けの施設もできている。ここの名物は温泉地獄の高温の湯気を使った薩摩地鶏の丸ごとの蒸し焼きだ。一度食べると忘れられない位美味しい。

「大地獄」と言われるゆえんで、うっそうとした山の中に活火山の噴煙が上がり、あちこちにブクブク高温の温泉が湧いている。私有地を開放して観光のスポットになっている。

うっかり手でもいれようものならとけるくらい熱い

ロープの向こうは灼熱地獄(笑)。受付で登りますよーと報告して、帰りも戻りましたよーと声を掛けるのは、安全確認のためだ。
赤ちゃん連れなので、硫黄の匂いが毒になるかもしれないし雨で普通の道もかなり熱くなっていたのでここで引き返す。

高速を走れば2時間40分程度で昼過ぎには久留米に着くので、高良大社にお参りしようかと言いながら帰路へ。

昨日の雨はかなり激しかったらしく、また今も途中で豪雨になっているとのことで途中で急に高速が通行止めになってしまった。川の水もかなり増水している。

サービスエリアでトイレを済ませておいてよかった^^;。トンネルの中でかなりの時間動かずで結構怖かった。高速なのにトイレを求めて歩いている人や運転席の前に寝そべる猫など、渋滞では面白いものが見られる…

随分雲もわいてノロノロ運転。

最初の予定を大幅に遅れて、どこかによるどころかレンタカーを返す予定の7時頃にやっと久留米に到着。
明日は仕事のある男性軍と嫁は東京に帰るので、最後の夜は富松鰻を食べに行く事に変更。
柳川が近いので鰻のお店は多いのだが富松は「せいろ蒸し」というこちらならではの鰻料理の専門の老舗だ。予約ができないので特に夏は2時間ほど待つが、それでも皆並んで食べる(笑)。父が元気だった頃は私たちへのご馳走だったが、今や子供達家族へのご馳走だ。

せいろ蒸しは、鰻味の付いたたれでご飯と鰻を柔らかく蒸したものだ。真ん中にもう一段鰻が入ったせいろは美味しい上に食べごたえがある。中庭の池には大きな鯉たちが泳ぎ、鯉こくと鯉のあらいも名物になっている。夏の〆に大奮発、長崎の吉宗ばりの茶わん蒸し迄、食べきらない程だった。

私が結婚した時の約束で、息子は小学校入学と同時に私の実家の名を継いだ。良かったのかどうかはこの孫が大きくなった頃にどう思うかかなぁ…

こうしてやはり駆け足旅(笑)だが、夏の法事とお墓詣りの大移動、終了。息子たちは一足先に東京へ。
帰る寸前にも久留米ラーメンを食べるところは若い…ついていけないが流石だ。
真っ直ぐな麺にとろとろ白いの豚骨スープ、薄いチャーシューと紅ショウガとゴマ、きくらげと海苔と刻み葱…それが定番の久留米ラーメン。

先発隊は、西鉄高速バスで福岡空港へ向かっていった。

この後21日迄娘と孫と母で残った。私はこれからは久留米・福岡にもなかなかこられなくなれそうなので、2つの同窓会に参加した。更に、去年押入れを空っぽにした後の、陶器類、絵や額、本類、写真類を点検して仕分け。母はもう何を残せばいいのかも分らないので私と娘で色々と判断。くだらないことも「決める」というのはなかなか難しい。


母がひ孫と一緒に花火をする写真、これもいつか孫たちがその子供達と「わー、ひいおばあちゃんが映ってる」などと言うときがあるんだろうなぁ等と考える。何枚か写真があれば物っていらないのかもしれない。

ぼちぼちと家を片付けつつ引っ越し業者に見積もりをして貰った。家具はなくても最低限のものだけで20万前後になるとのこと。やはり東京までは遠い。


あと、やはり車いすの親の介護をしている開業医の友達が、腰を痛めて手術したのでお見舞いと、バツイチ同士で結婚して8年ほどの友達の旦那さん(結婚のとき相談を受けて「押し倒す(笑)しかないんじゃない?」と助言したので責任も…?)が肺がんで入院種術というのでそこもお見舞い。皆歳をとって行く。
間に、久しぶりに心臓の発作が起きた。多分ほっとしたのが原因だろう、いや、毎日ご馳走の暴飲暴食もあるかな…後から考えると睡眠不足で頭痛がしそうだなぁという頃。急に耳がキーンとして貧血の時のように目の前が真っ白というか金色になる。奥歯がじわっと痛くなって喉がからからになり心臓がぎゅーっと白‐締めつけられるように痛んで息ができなくなる。


一応ニトロは持っているので直ぐ舌下に入れ、後は収まるまでじっとして痛みが遠のいて息が普通にできるまで待つのみ。案外すぐ治る時もあればこのまま死ぬんだろうか?と思うくらい時間がかかる時もある。このところ発作が出てなかったので、厳しかった。
やはりいつ自分が先に逝ってもいいように母を終身看てくれる施設は大事だろう。何を選んでも後から後悔するに違いないが、施設選択は必須になってきているかもしれない。


母の荷物を持って母に合わせて歩くのはとても疲れるが、去年のように台風で予定の飛行機が飛ばなくなるなんてこともなくとにかく予定はほぼこなした。
帰りの飛行機のルートは実家の上、筑後平野の筑後川が有明海に注ぐ近くを通った。

後は9月中に母が施設に入居する用意に向かう。


子供を育てる頃、毎日が初めての事で忙しくバタバタしていたが、目の前のことに一生懸命で自分を顧みる余裕もなかった。それでも振り返ると楽しかった。今は年を取って(笑)そこそこ見えることもあるのだが、やはりなかなか予定を立てて決めてそれに向かって進むのは大変だ。大まかな未来の察しがが付きにくいこともあるのかもしれない。


まあぼちぼち歩くのみだ。そうこの一大決心の旅行は100万ほどの費用が掛かっている。飛行機だけで40万ちょっと、法事の交々、レンタカー、ホテル2日分、雑費を入れると大人7人だから普通にそのくらいはかかる。支払しっかり頑張らなくっちゃ~(笑)。主人も年金生活と半分仕事になったから切り詰めなきゃと思うが、あまり暗くなるとそれだけで病気になりそうだから適度に(笑)。


超マイナーな家族旅行のアップになったけれど、これも映像日記のようなものでそれなりに意味はあるかな(笑)

×

非ログインユーザーとして返信する