水仙の風景いっぱい駆け足旅

2008年のウィーン学友協会ホールでのコーラスの演奏旅行で、ヨーロッパが大好きに! 駆け足の旅ですが「撮る」ことを楽しんでいます

写真を「撮る」ことが好きです^o^
今はiフォンが主で、上手ではなくても四角の枠に自分なりに考えて撮ってます。思い出の昔の写真から楽しみながらアップしていきたいと思います

クロアチア駆け足旅6 スプリット

3日目の夜はスプリットに泊まり、翌日の観光に備える。似たようなアドリア海の港町を続けて訪れるけれど、それぞれに違う楽しさがある。写真が多いがそのまま載せたい♬
港にはローマからの大型船が入港していた

スプリットも南国感たっぷりの石灰岩を切り出した建物が興味深い街だ。城壁に囲まれたディオクレティアヌス宮殿がメインの旧市街は、イタリア同様古い時代の上に次の時代の建物が創られていく方式。
今回新たに、イタリアのアドリア海側とクロアチア・モンテネグロ・アルバニアはアドリア湾とでもいうような、文化圏の一帯なんだなと感じた。

がいどさんから街の説明を受ける。

スプリットの歴史:
ローマ帝国は時代とともに領土が増大・縮小を繰り返すが、3世紀に皇帝になったディオクレティアヌスの時代には巨大化していた。彼は西暦305年に即位すると、広大な領土の統治を1人でするのは難しいと考え、4つのエリアに分割し4人で統治する政策を取る。
皇帝と言えば政権闘争を巡る戦いで滅ぼされるイメージだが、彼は19年間の統治の後「退位」してここスプリットに大きな宮殿を作って退位後の時を過ごした。当時は青銅の門は海に面しており、ここから船で直接城に物資などを運び入れていたとのことだ。

ということで、スプリットはそんな大昔からの歴史とともにロマネスク・ゴシック・バロック・ネオルネッサンス・アールヌーヴォーと色々な時代の建物が混在する街になった。


途中ディオクレティアヌス宮殿はどこがどうなっていたのか不明になってしまった期間があるが、現在は金・銀・青銅・鉄の4つの門に囲まれる城壁の内外が一体になっている。大聖堂、鐘楼、前庭、礼拝堂と、私立博物館、民族博物館等があるが一般人も住居として城壁の中に混在する。

金の門

鉄の門

銀の門

4つ目の青銅の門から地下に降りていくと、宮殿の地下に入って行く(ネットからの画像)。

地上は渾然としてしまっているが、当時は倉庫などに使われていた地下は上とほぼ同じ部屋割りなので当時の様子が推測できる。
この地下宮殿は、1956年迄ゴミ捨て場としてぎゅうぎゅうにごみが詰まったままになっていたという。掘り出されて今のローマ時代の様子が残されているのが解ったのは60年ほど前で、その部分は特に部屋としての保存状態が良い。

ディオクレティアヌス帝の胸像 結構いかつい顔だ(笑)キリスト教を弾圧して教徒から憎まれたことで、彼の死後肖像はほとんどが破壊されてほとんど残されていないそうだ。

天井のアーチを集める形で柱が支えている。奥のアーチの中は当時の捨てられたごみが炭素化したものとのこと、すごいもんだ。

横板の高さが地上の高さ「G」に当たる。当時の柱に使われた木が展示されている。

隣の部屋との出入り口が、壁として隔たっている石壁を切り抜く形で作られている

アーチ型の天井に滑らかに続けて半円のアーチ型の窓を作るのは大変に巧妙な技術

ここもぎゅうぎゅう詰めにされたごみのあと(笑)

当時のワインを作るための石製の葡萄の圧搾機

水のしずくが岩にあなをあけている

かなり広く、写真を撮っているとガイドさんを見失ったりする^^;

像は近年のもの


当時の皇帝の住居をイメージした遺跡展示室の横に、雑貨の店が並んでいるエリアがある。ここであれこれ見て買い物しようと期待していたのに、お休みでとってもがっかりだった。小物など色々なお土産品が沢山で、絶対楽しいものがあっただろうになぁ…

地下を出で当時の生活の痕跡を探検。

皇帝私邸の玄関に当たる前庭跡 朽ちた天井から大聖堂の鐘楼の先っぽが見える

ここから入ってくる訪問客を迎える為に、廊下の先に謁見の間があったという

広場の東側の八角形の大聖堂と塔を後ろ側から眺めた感じ。8世紀に改築された霊廟で祭られているのはスピリットの守護聖人聖ドムニウス。工程の遺体は行方不明になっているままだそうだ。
その手前には後世、遺跡の上に家を建てて人が住みつき今に至っている不思議な光景。

真っ青な空!!  一部修理途中のナロドニ広場が続く

窓枠から見える風景が、額の中に絵が描かれているようだ

ここも古代遺跡に、後世それを利用して新しく家が建てられているのが解る

お土産もの屋さんなども混在する

オレンジはもちろん、スイカもあった

猫も一枚の絵画のよう

綺麗なハンサムにゃんこ、カメラ目線(笑)

街はとても入りくんでいる

柱に囲まれた中庭と大聖堂の入口

11体発見されているスフィンクス像は、皇帝がエジプト遠征の時に持ち帰ったもの。

地下へ行き来する半地下の入口から、ここの構造がわかる

鐘楼へ続く扉

鐘楼の正面から

柱はかなり大きい

さあ、いざ鐘楼へ!! ここが入口

鐘楼の四角にそってぐるりぐるりと狭い幅の階段を上がって行く。

石灰質の山はやはり平らなまま続く。大昔沢山のカルデラができた地形かも…

山側は新市街のビル群も見える

そしてイタリアからのクルーズ船が停泊している海側

「ああ、さっきのあの建物があれかぁ」と言う感じで海側山側を見ながらまわっていく。

階段は登り始め石段だったのが、途中で金属製になり、また最後は石段だった

大聖堂の屋根の真上

行きと帰りは同じ階段なので、離合は譲り合って(笑)

鐘楼だから、当たり前ながら鐘が並んでいるが、鐘は一番上ではないのが面白い。


これで最後? 輝くてっぺん

ここからまわりが見渡せる 一緒のツアーのお嬢さん

てっぺんの屋根の尖った部分を見上げる

下りも結構膝に来て大変だ(笑)

やっと戻ってきた

最後はまた入口から出てくる、お疲れ様。すごく高いというわけじゃないけれど、やはり頑張って登ってみる価値はあった

北側の金の門の外側周辺に行く

地面に半円が見えているのは、地下から見ると長細い光り取りの窓になる 遺跡の石がごろごろしている

美術館横の塔

ぐるぐーるの像。いえ「グルグール」司教の巨大像。

クロアチアの英雄の一人で10世紀、クロアチアのラテン語化に抵抗してスラブ語保護に尽力した。左足の親指を撫でると幸運になれると言い伝えがあるので、ぴかぴかになっている

ちゃんと撫でました(笑)

金の門にはローマ時代のコスプレをした人たちがいて面白かった。

銀の門近くの神殿の上側を見上げる辺り。外側もかなり朽ちているけれど、造ろうとしても造れないものなので、時の流れを感じて味わい深い。

修復途中の遺跡の一部が無造作に置かれている場所も点在する

青空市場を冷かして集合場所へ

場所の広さはないけれど、何重にもなっているので(笑)とても見どころ満載だった。
どうもローマ帝国というとイタリアのイメージだが、帝国の増大・縮小で周辺の国々にも大きな影響を残すことになったのが私的に新しい発見だった。
とにかく爽やかに晴れ渡った青空海、沢山の遺跡に囲まれて楽しかった。


続いてモスタルに回って観光し、明日のドブロヴニクに近いチャフタットへ向かう。





















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